薬物、ドラッグ、規制物質と呼び方は立場と意見によって様々ですが、これらの所持と使用に関する取り締まり方も国により様々です。日本はこれらの物質の使用をなくす事を目的とした取り締まりを行っており、そのために使用者を犯罪者としてカテゴライズしています。昨年は大麻取締法・麻薬取締法の改正案が国会で可決し、その中には大麻使用罪の新設も含まれており、これにより大麻を麻薬と位置付け、不正な使用には7年以下の懲役が科される事になります。 その一方で、私たちCJC Advisory Networkが所在しているカナダではハームリダクションというアプローチが取られています。これは、これまでの薬物対策とは違い、薬を使うことをやめさせることを目的とするのではなく、これらの物質を使う人たちが病気になったり命を落としたりしないように、どうすればより安全に過ごせるかを考えサポートする事が目的となったアプローチで、使用者を犯罪者としてカテゴライズするのではなく、健康や福祉のサポートが必要な人と捉えてサポートするというアプローチです。 カナダのハームリダクションは世界的に先進的な位置付けにあり、国際的にも高く評価されています。しかし、最近になって新たな変化が見られるのでここで紹介したいと思います。 ブリティッシュ・コロンビア州での変化 カナダ国内の州で最も先進的で使用者に対するサポートの姿勢を見せているのはブリティッシュ・コロンビア州であると言えるでしょう。しかしその理由は、最も使用者が多く、これらの物質による被害を最も受けているという現状があります。2016年にブリティッシュ・コロンビア州は薬物オーバードーズに関して非常事態宣言を発令しており、それ以来、約14,000人の人々がオーバードーズによって亡くなっているとされています。その様な状態を受け、これ以上の被害の拡大を防ぐために、2023年1月31日、同州では公共の場での少量(2.5gまで)の規制物質の所持を非犯罪化するという新たなアプローチを設けました。これは州の決定ではなく、ヘルスカナダ(カナダ保健省)の要請により試験的プログラムとして3年間の期限付きで導入されたものです。 しかしこの試験プログラム導入後、公共の場でのこれらの物質の使用が増加し、それに伴う公衆の安全や秩序に対する懸念が高まり、多くの住民やビジネスオーナーから、公共の場所での薬物使用に対する苦情が寄せられ、特に公園やビーチ、公共交通機関、病院の周辺での問題が顕著となりました。また、試験プログラム導入後、州内での薬物過剰摂取による死亡報告が減少することがなく、この問題に対処するためにはさらなる措置が必要であると判断されることとなり、ブリティッシュ・コロンビア州とカナダ連邦政府は、これらの物質の使用者の健康と安全を確保しつつ、一般市民の安全も守る必要があると考え、特に、公共の場でのドラッグ使用が他の市民の日常生活に支障をきたすことを防ぐために、警察により多くの取り締まりの権限を与える必要があるという結論に達したため、再び州内での規制物質の所持は再犯罪化され、現在はそれらの物質を公共の場で所持した場合は逮捕の対象となっています。 サスカチュワン州での変化 私たちCJC Advisory Networkが所在するカナダのサスカチュワン州でも同じ傾向が見られる。しかし、その変化の根拠となる考えはブリティッシュ・コロンビア州とは真逆であると言えます。。 州内最大の都市であるサスカトゥーンには、Praire Harm Reductionという、薬物使用者に対してハームリダクションアプローチによるサポートを行っているNPOがある。Praire Harm Reductionは薬物使用者だけではなく、ホームレスの人たちを支援する活動も行っており、施設内にはセーフインジェクションサイト(薬物使用者が汚染した注射針や、オーバードーズを引き起こす様な過剰摂取をしない様、安全にそれらの物質を使用できる場所であり、そこには医療関係者も常に常駐している)や、様々な理由から行き場を失った人々に対して無料の食事や宿泊場所を提供したりしている。彼らの活動の根源となる考えは、これらの人々に対する偏見を払拭し、とにかく人々に命を繋ぐことができる環境を提供することにある。以下は同NPOが公式に発表している2021年のデータだが、利用者は3,680人に達している。 しかし2023年、サスカチュワン州政府は、同施設における財政的支援を停止すると発表した。サスカチュワン州精神保健省のティム・マクラウド大臣は、Prairie Harm Reductionは「これらの活動により間違ったメッセージを発信している」と指摘している。また「この様な医療者の活動から発せられるメッセージには、回復への希望があること、そして治療という助けがあるべきである」と述べている。州政府はこれに応じ、州内に薬物依存症者への治療のためのベッドを500床増やすと述べているが、これに対しPrairie Harm ReductionのディレクターであるDe Mong氏は、「これらの人々にとって早急に必要なのは治療のためのベッドではなく、日々命を繋ぐため、毎日を生きていくための周りからのサポートであり、州政府はこの状況を改善し、この地域の人々を支えるために本当に必要な事を行うべきだ」とべている。 オンタリオ州での変化 カナダ最大の都市であるトロントがあるオンタリオ州では、2020年にオピオイドによる被害が深刻化しました。この年に2,426人がオピオイドの過剰摂取で亡くなり、前年から60%の増加となったと報告されています。この深刻な状況が、従来の薬物政策の見直しを促すきっかけとなりました。オンタリオ州の大都市市長会議(Ontario’s Big City Mayors, OBCM)は、薬物非犯罪化とメンタルヘルス危機対応ユニットの設置を提案し、薬物使用者を刑事罰ではなく、医療システムに導くべきであるという主張をしました。 これにより、オンタリオ州は「ジャスティスセンター」というパイロットプログラムを導入し、薬物使用や所持が発覚した場合、刑事罰ではなく治療オプションを提供するシステムに転換する事となりました。このアプローチは、公衆衛生の問題として薬物使用を扱い、依存症を抱える人々が刑事罰を恐れることなく支援を求められる環境を整えることを目的として始まりました。多くの市民団体や公衆衛生の専門家が、この非犯罪化を支持し、薬物使用者が人権を尊重され、安全に支援を受けられるような政策を求めました。 しかし、2024年、オンタリオ州の非犯罪化政策は、連邦政府によって正式に却下されました。この決定の背後にはいくつかの理由があります。まず、公共の安全や秩序に対する懸念が高まり、公共の場での薬物使用が増加し、これが地域社会の安全と秩序に悪影響を与えるという報告が多数あったことによります。またブリティッシュ・コロンビア州での試験プログラムの撤廃も大きく影響していると言われています。ハームリダクション政策の効果についても議論があり、治療や支援の体制が十分に整っていない状況での非犯罪化が問題視されることとなりました。連邦政府は、これらの懸念を受け、非犯罪化政策を見直し、公共の安全を優先する方針に戻す事を決定しました。 日本にとっても、このカナダの事例は他人事ではありません。日本も今後、薬物問題にどのように向き合うかが問われています。ハームリダクションのアプローチは、単に薬物使用を減らすだけでなく、使用者の健康と安全を守り、それにより社会全体の福祉を向上させることを目指すものです。カナダの経験から学べるのは、薬物政策には多様なアプローチが必要であり、状況に応じて柔軟に対応することが重要だということです。日本でも、薬物使用者を犯罪者として扱い逮捕するだけではなく、薬物依存に苦しむ人々が安心して支援を求められる環境を整えることが、これからの日本の薬物政策の課題となるのかも知れません。もし日本が薬物対策においてハームリダクションのアプローチを採用する時が来たら、その時は日本国民の薬物使用者に対する認識を変える必要があります。薬物使用者を犯罪者としてだけ見るのではなく、一人の人間として尊重し、支援を必要としている人として捉えることが大切になるでしょう。偏見や差別を無くし、社会全体で彼らを支える環境を作ることが、薬物問題の解決に繋がるのかも知れません。