大麻製品製造施設で初の労働災害による死亡事故

2022年1月、マサチューセッツ州にある大麻加工施設で起きた27歳女性の死亡事故が労働関連災害と認定されました。

アメリカの大麻栽培や加工が行われる施設において、職業性の喘息や、既存の喘息悪化に関連する労働災害が複数報告されています。今回お伝えする事件は、2022年1月、マサチューセッツ州の大麻栽培・加工施設で働く従業員の職業性喘息が徐々に悪化し、最終的には致命的な発作を起こし、就業中に亡くなってしまうという痛ましい事件です。この死亡事例は、アメリカの大麻産業の労働災害記録としては初めてのケースで、11月17日に米国疾病予防管理センターから公表された「Morbiditiy and Mortality Weekly Report」に掲載されています。

事例レポート

27歳のある女性は、2021年5月20日、室内の大麻栽培・加工施設で働き始めました。彼女はサイクルカウンター(棚卸し担当)として施設全体で働き、そこには大麻が粉砕されるエリアも含まれていました。7月下旬になると、吐き気、味や匂いの喪失、耳の痛み、咳などの症状が現れ、雇用主はSARS-CoV-2(新型コロナウィルス)検査を受けるよう求めましたが、2回テストを受け、結果は陰性でした。2回目の検査時に身体検査も行ったところ、びまん性喘鳴の症状が確認されました。後に患者の母親は、娘はこれまでに喘息、アレルギー、皮膚発疹の経歴はなかったが、雇用から3〜4か月後、鼻水、咳、息切れなどの症状を発症したと報告しています。

同年10月1日、従業員はフラワーの生産部門に配属が変わり、大麻の花穂を1日3回、約15分間粉砕し、大麻シガレット(プリロール)の製造の準備をする事になりました。これによりこの従業員の大麻への曝露が増加する事になりました。粉砕する機械からの粉塵はバキュームで収集されましたが、そのバキュームにはHEPAフィルターがなく、大麻粉塵も十分に収集しきれていない状況でした。他のフラワー生産担当者は、被害者となった従業員が、大麻を粉砕するためにグラインダーを作動させている時に特に咳が増えたと報告しています。彼女の大麻粉末に対する曝露を減少させるために、バキュームをプラスチックで覆ったり、彼女の作業場を大麻粉砕ルームの外に移動させたりするなどの処置を行いました。また、彼女は自分のN95マスクを使用し、企業が要求する長袖と手袋などの保護具も着用していました。

11月9日、従業員は仕事中に急性の呼吸困難に陥り、緊急医療サービス(EMS)によって現地の救急病院に搬送されました。病院への移動中、アルブテロールネブライザーを使用する事により症状は解消されました。この時点で彼女は喘息を持っていないと報告しているが、職場では何かアレルギーがあるかもしれないとも述べており、1か月以上咳と鼻水が続いていたと語っています。引き続き微弱な喘鳴症状が認められたため、5日間のプレドニゾン、セチリジン、アルブテロール吸入器が処方がされ、併せて主治医の再診も勧められました。彼女の母親は、娘は自宅で息切れを起こす様な事はほとんどなかったが、重い荷物を階段で運ぶ時だけはその様になると話していました。また、娘はその後に起こる致命的な喘息発作の前に、仕事で使用していた吸入器がほぼ空になっていると母親に伝えており、この事から、従業員は約2か月間で吸入器を約200回使用していた可能性がある事が明らかになっています。

翌年、2022年1月4日、従業員は同僚に対して、ここ2週間で息切れが悪化している事を話しました。そして、その日の後半、プリロールを製造している最中にくしゃみが始まり、咳が増えました。アルブテロール吸入器を使用しましたが、呼吸困難は悪化し、再びEMSが呼ばれました。しかしEMSが到着する前に従業員の心肺が停止したため、同僚たちは心臓マッサージを開始しました。彼女は一時的に心肺機能を取り戻しましたがそれでも意識は回復せず、2022年1月7日、無酸素脳症と診断され、治療が中止されることとなりました。またその後の検死は行われませんでした。

論点

大麻産業に従事する多くの人々は、花穂の粉砕やプリロール製造など、一部の作業エリアで大量の大麻粉塵に曝露されています。現場で働く従業員からは、職業性の喘息、アレルギー性鼻炎、じんましんなどが報告されており、また実際にいくつかのアレルゲンや刺激物も特定されています。仕事に起因する喘息は、新たに発症する職業性喘息と、既存の喘息が仕事での曝露によって悪化する作業悪化型喘息が含まれ、今回のケースでは、喘息の経歴がない事と、仕事の曝露と喘息の兆候と症状など時間的な関連性が一致しており、職業性喘息と診断されています。

ワシントン州では、職業喘息に対する監視の強化が行われ、室内の大麻栽培施設で働く従業員から7例の喘息に関する報告が確認されています。そのうち、既存の喘息が大麻への暴露で悪化した3人については雇用を中止し、職業喘息を患った従業員は、2年間無症状な期間がありましたが、別の大麻施設で就業を開始したところ、再び症状が出始めました。

同州の室内大麻生産施設の従業員を対象としたリサーチでは、31人の従業員のうち、13人が喘息の症状を示していました(呼吸困難、喘息の発作、または喘息薬の使用のいずれか)。症状があった10名のうち、7人の肺活量に異常が見られ、5名の従業員のスキンプリックテストの結果からは大麻感作という結果が得られました。また別の5名の従業員は呼気中に含まれる一酸化炭素の量を測定する検査を行いました。この検査は喘息を管理する上で、気道の炎症の度合いを示すマーカーとして使用されており、その結果から、仕事での暴露に比例し、気道の炎症度が増加している事が確認されました。

職業性喘息は一般的に、最初の暴露から症状が発症するまで数ヵ月から数年の潜伏期間を伴うことが多いです。例えば、粉末状のサメ軟骨への曝露に関連した致死的な職業性喘息は、曝露の開始から16ヵ月後に報告されています。この従業員の最初の職業的な大麻への曝露から症状の発現までの潜伏期間は短かったものの、実際の最初の大麻への曝露からの潜伏期間は、個人による大麻使用を考慮するとより長くなると考えられます。また大麻と植物アレルゲンの交差感受性も、この従業員が大麻感作になった要因の一つである可能性も考えられます。

制約事項

  • この事件は、大麻アレルギーが引き金となった職業喘息と一致するものの、皮膚テストや免疫グロブリンEテストによる評価は行われていません
  • 空気中の大麻アレルゲン濃度の評価は行われていません
  • 多くの職業上の死亡事例と同様、調査を行う際に従業員と話すことができなかったため、医療記録や同僚、近親者へのインタビューなどの情報源から詳細を得ています

今後への影響

この様な事例から、大麻製品の製造現場において、職業性アレルギーなどのリスクを認識する事は重要であることが分かりました。公衆衛生の専門家には、大麻に関連した職業性アレルギーの有病率と危険因子に関するさらなる研究が求められることになります。この急速に拡大する産業において、労働者を保護するための施策は非常に重要になります。従業員を保護するための対策としては、大麻暴露の特定と管理制御、従業員と施設管理者に対する適切なトレーニング、個人用保護具の正しい使用、また仕事関連の症状を抱える従業員の医療・体調管理(業務の中止や労災補償が必要となる場合があります)などが考えられます。

日本でも大麻取締法の改正により、国内でのヘンプの栽培と加工が本格的に始まる可能性が大きくなってきています。また、CBD製品を国内で製造する企業の数も急速に増え始めています。カンナビノイドやテルペンは一般的にはアレルゲンとはされていませんが、一部の人々は特定のテルペンに対して過敏症反応を示すことがあります。例えば、リナロールやリモネンなどのテルペンが、一部の人々にとっては皮膚刺激や呼吸器症状を引き起こす可能性があります。そのため、日本で大麻製品を製造する現場でも、この様な事が起こらない様にするための対策は目下の急務であると考えられます。